小さく、軽く、少なく。

乳がんの治療と日常生活を綴っています。なんちゃってミニマリスト。

お盆の思い出

こんにちは!

 

今日の東京もとっても涼しいです。

ここ2日間は、エアコン無し、扇風機だけで眠れるほど涼しくなりました。(それまでは、エアコンも扇風機も24時間稼働)

雨が降っているので全く外にも出ず、運動不足です。

 

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子どもの頃、毎年お盆の時期に母方の実家(新潟県)に帰省していました。

母は父方の実家が嫌いでした。なんでも、結婚の挨拶に行った時に実家の資産額を聞かれたとか、苦手なずんだ餅を作らされ食べさせられたとか、そんなことが理由だったようです(^^;

なので、父の会社が休みになるお盆に、母方の実家に行くのが毎年恒例の旅行になっていました。

 

子どもの頃は関越自動車道は開通していなかったので、埼玉から新潟まで、ひたすら下道で行ってました。

しかもお盆!大渋滞です。

なので、出発はいつも夜中でした。

 

私と妹は真夜中に起こされ、母がおにぎりと麦茶を作り、暗いうちに父の運転で出発。

車はAMラジオか、車専用のカセットテープ(わかりますか?文庫本よりもう少し大きめの箱みたいなやつです)しか聞けず、しかもうちにあったのは「ピンクレディー」のみ(笑)。これを飽きるほどかけたので、ピンクレディーの曲はB面も含めて結構歌えました。

「キャッチリップ」とか「ピンクの林檎」とか、知ってる人がいたらうれしいなぁ^^


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久しぶりに聴いてみたら、ピンクの林檎はサビしかわからず。キャッチ・リップは全部覚えてました。

 

 

途中の休憩は三国峠のドライブインをよく覚えています。

それから、月夜野のガラス館みたいなところも行った記憶があります。

 

父が半ばイライラしながら運転し(^^; おそらく10時間とか?かかって母の実家に到着。

祖父と祖母が「よく来たよく来た」って出迎えてくれたのを覚えています。

 

母方の実家は兼業農家でした。なので、米と野菜は食べきれないほどありました。

冷たい井戸水を流しっぱなしの大きな樽があり、スイカやトマトやキュウリがいつもプカプカ浮いていました。

食卓には、茄子とキュウリの漬物、刻んだ大葉を大量に乗せた茄子の味噌炒め、キュウリやトマトを切って塩を振っただけのもの、茹でトウモロコシ、枝豆などがいつも登場していました。

お米は当然魚沼産コシヒカリ。

おやつは熟し過ぎたトマトに砂糖を混ぜて凍らせたアイスか、スイカ。

 

日中は、祖母に畑に連れて行ってもらったり、夏休みの宿題の絵を描いたり、海まで行ったり(ちょっと遠くて山を越えて1時間くらい。私にとっての海は日本海)、近くの神社で遊んだり。

実家の叔父がマンガ好きでマンガの書庫を持っていたので、そこに籠ってドカベンや釣りキチ三平などを読むのも楽しみでした。

13日の夜は提灯を持って、近所のご先祖様のお墓にお詣り。

神社では盆踊りもあって、浴衣を着て踊りました。歌は無く、太鼓のリズムだけで踊るスタイルでした。 あちこちで提灯やお墓参りのろうそくの灯が揺れていて、とても幻想的でした。

 

 

あの新潟の夏がとても懐かしくて。

あんなに平和で贅沢な夏を過ごすことはもう無いんだろうなぁと思うとちょっと切なくなり、これを書いた次第です。

 

祖父、祖母は亡くなり、実家を継いだ叔父家族とは若干疎遠になりました。

(祖父が亡くなった理由のことで、叔父の奥さんvs母と叔母2人 で軽くいざこざがありました)

 

 

最近、自分のがんのタイプ(再発時)を改めて検索してみたのですが、どうも予後が悪いようで(早期から転移しやすいと出てくる)、ガックリ落ち込みました。

抗がん剤と放射線治療もやり切ったしもう再発はしない気満々ですが、先のことはわからないから、今を大切に生きないといけないなぁと改めて感じています。

 

ちょっと感傷的になってます!お盆だから許してください~笑

 

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母方の実家にて。よく見ると、網戸にセミの抜け殻らしきものが(笑)

 

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 どこかに寄った時だと思うのですが、場所などは不明。

妹の髪の毛はさらさらストレートで、私はくせ毛でした。すごく不満でした(笑)。

 

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父がサングラスをかけて授業参観に来たことがあり、「ヤクザが来た!」とざわつかせました(笑)

 昔の写真だから顔を隠すほどでもないのですが、一応(笑)。